10月10日は眼の日
毎年この日になると思い出すことがある
小さい頃、僕はヨットをやっていて、10月10日は毎年鹿児島である大きなヨットのレースに出ていた
別に特に想い出はない。けど、何か小学生の時はヨットをやっている事より鹿児島で何かの大きな大会に出ていることが自慢だった
大会に行くともらえるSTAFF T-SHIRT がすげーかっこよくて毎年もらうのが楽しみだったのを覚えている
よれよれの薄い生地の白いteeでバックプリントにでっかく赤字で【 海連 】の文字
毎年デザインは違ってて、紺色の時とかあった
まだ僕が服を親に選んで買ってもらってる頃の話し
海連っていうのは、何の略か忘れたけど、その大きなヨットのレースを主催している会社の名前
そこで毎年お世話になるイマキイレさんっていうおねーさんがいて
いまきゅうり とか てまきずし とかくだらないあだ名で呼んでたから名前は今でも覚えてて。
毎年そのイマキイレさんを思い出すのが10月10日。
なんとなく今日ネットで調べてたら、知ってたけどやっぱり凄い人ってことがわかった。
>>>今給黎教子(いまきいれ きょうこ)
平成4年7月15日,鹿児島市の今給黎教子さんは,ヨット「海連」で東回り単独無寄港世界一周を終え,スタート地点の旧山川町(現指宿市)長崎鼻沖にゴールインしました。
ヨットによる単独無寄港世界一周は,堀江謙一氏に次いで日本人で二人目,女性では初の快挙です。
今給黎さんは平成3年10月12日に鹿児島市の平川ヨットハーバーを出航。
太平洋を斜めに南下,南米大陸最南端のホーン岬,大西洋を経てインド洋に入り,タスマニア島沖から北上し,278日で約5万4千キロの世界一周を達成しました。
単独無寄港世界一周
凄い。としかいいようがない。
何でこれに魅力を感じたんだろう。
>>>
海洋冒険家。
中学1年の時読んだ「ダブ号の冒険」という本に刺激され、ヨットでの世界一周を夢みる。高校時代はスナイプ級でインターハイ3位、国体でも4回入賞。昭和55年鹿児島市役所に入り、勤務の傍ら国体などに出場。62年市役所を退職、63年8月ヨット世界一周の冒険家・迫正人のヨット「海連垂乳根(かいれんたらちね)」号(4トン)で鹿児島―サンフランシスコ横断に成功した。平成元年女性初の太平洋単独往復を遂げる。3年3月第2回ヤマハ大阪カップ(メルボルン~大阪ダブルハンドヨットレース)に松永香と組んで参加、総合6位・クラス2位。同年10月錦江湾を出航、4年7月、278日かけて単独無寄港世界一周を達成(未公認)。9年国際帆船レースに参加したのをきっかけに、地元の子ども達に航海を体験させる"海の学校"を構想。14年9月具体像を描くためヨットで日本一周の旅に出発。著書に航海記「女ひとり2万2000キロ」「風になった私」。
経験あるけど、ヨットの上には何もない
食事だってままならないしトイレだって。
天気もすぐ崩れる
278日間も。
楽しかったのかな
鹿児島じゃ有名人らしく鹿児島出身の友達はみんな名前知っていた。
今給黎さんの家に家族で泊めてもらった事があるけど普通の家じゃなかった
ヨットの中にいるみたいな
奥行きはあるけど全然居間みたいな空間は無くてヨットの道具がすげーたくさんあった
今この年になって初めて尊敬に値する存在になったかも。
今あって話し聞きたい。
去年鹿児島に行った時会いたくて知人に頼んで連絡してもらったけど、ここ数年連絡が取れないらしく会えなかった
今頃ヨットの上かな
海洋冒険家だからね。
冒険中だ。
でもいつかまた何か会えそうな気がする
いつか会いにいく。
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